アラフォーママの雑記ブログ

4歳差姉妹(小1&2歳)の育児に奔走するアラフォーワーママの雑記ブログ。

保育園卒園。長女と過ごした6年半を振り返る

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こんにちは。アラフォーママのあやぞうです。

 

先週の土曜日は保育園に通う長女の卒園式でした。

 

年長児になって「いよいよ今年で卒園だな~」と常々感じながら過ごしてきたつもりでいましたが、実際に卒園式を迎えてみると本当にあっという間の1年間でした。

すべての行事において「これが園生活最後の○○」という気持ちだったので、例年以上に想い出に残る1年だったと思います。

それでも卒園式当日に頂いた卒園アルバムを見返すと、進級当初はまだ幼さの残る表情だったのが、今ではすっかりお姉さんらしい顔つきになっていることに改めて気づかされたり。

 

今日はそんな娘とのこれまでの歩みを記録としてまとめておきたいと思います。

 

 

誕生~保育園入園まで

2011年9月に長女が誕生しました。

当時35歳、ギリギリ高齢出産でした。

この時はまだ「結婚したら子供を産んで家族仲良く暮らす」というざっくりとした将来像しか見えていなかったので、子供を産んだ後に訪れる生活の変化にはまだ思いが至っていませんでした。

少し複雑な家庭環境で育ってきたあやぞうは、お父さんがいて、お母さんがいて、子供(兄弟含む)がいて、毎朝「おはよう」から始まって「おやすみ」で終わる普通の暮らしにとても憧れていました。

「普通の暮らし」というと語弊があるかもしれませんが、子供の頃から自分の家庭環境が「普通でない」と思って過ごしてきたあやぞうにとっては、絵に描いたような幸せな家庭像を「普通の暮らし」だと思い続けていたのでここではあえて「普通の暮らし」と表現しています。

長女を妊娠した時には「これで理想の暮らしができるようになる」と、何かそれまでの呪縛から解放されたような安堵感を感じていました。

 

この子が生まれたらいつも傍にいられるように 仕事をやめて専業主婦になろうと決めていたので、何の迷いもなく出産を期に仕事を退職して専業主婦になりました。

ところが実際の生活は思っていた以上に大変で、すぐに自分の考えの甘さを痛感することになります。

ふわっとした理想だけで結婚~出産まで実生活上ノープランで来てしまったので、あっという間に生活が行き詰ってしまったんです。

結局、長女が1歳過ぎた頃にもとの職場に復帰することになり、理想だった専業主婦生活は1年で終了。

長女を保育園に預けて働くという全く想定外の事態になってしまいました。

  

保育園入園~第二子妊娠まで

待機児童問題を実感

長女が保育園に入園したのは1歳8か月の時でした。

希望としては3歳ぐらいまでは専業主婦で育てるつもりだったんですが、諸々の事情により1歳過ぎた頃にもとの会社に復帰することになったため、急遽保育園探しが始まりました。

それまでは保育園のことなんて全然考えていなかったので、そもそも保育園に入るにはどうすればいいのかすらわからない状態でした。

 

とりあえず市の担当課に電話して聞いてみると「現状では全く空きが無いのでムリ」とバッサリ(x_x;)

しかもタイミングの悪いことに翌年4月からの新年度申し込みは既に終了しているとのこと…。

 

え、それって、保育園入れないってことですか?

 

テレビの中の出来事だった「待機児童問題」が現実のものになった瞬間でした。

 

何の保証もないけど、ここは大丈夫って勝手に思ってた…。

待機児童問題って、本当に身近な話だったんですね。

 

私が希望していたのは公立の認可保育園だったのでより人気も高く、希望者がたくさんいたようですが、他の認証保育園や認可外保育園は空きがあるところもあったようです。

ただ、どうしても保育料が割高になってしまうので(補助金等を考えても)、わが家の場合は家計の都合上認可保育園にしか入れられない状態でした。

私が勤める会社は規模が小さくてかなり融通が利くところなので、当面は実母に預けられる日だけ出勤するという形をとらせてもらい、半年後にようやく入園が決まりました。

 決まった時はホッとした半面、もうこれで本当に娘と離れて過ごす毎日になるんだな~と少し寂しく感じたことも今となっては懐かし思い出です。

 

保育園が大好き

初めての保育園で心配していたのは母だけで、当の本人は慣らし保育初日から母の手を振り切って保育室へ駈け込んでいき、一度もこちらを振り返ることなく馴染んでいました('・c_・` ;) 

早くお迎えに行くと「え~、もう来たの」というあからさまに嫌顔をし、時には泣いて「まだ帰りたくない!」と訴える日もあるほど保育園が大好きだった娘。

年長クラスになってもそれは変わらず、5分でもお迎えが早くなると「なんで今日は早いの!」とよく怒られましたw

 

そんな娘も、一時期ほんの短い間でしたが保育園に行きたくないと言って毎朝泣きながら通った時がありました。

これって結構よくある話らしく、始めは新しい環境が楽しくて夢中で遊んでいるので親がいなくても気にならなかったのが、少しずつ環境に慣れてくると周りが見えるようになり、親と離れるのが寂しくなってしまう子がいるそうです。

まさしく長女はそのパターンで、入園2~3ヶ月経った頃になって「保育園いや~」と言うようになっていました。

それでも仕事があるため連れて行かないわけにはいかないので、毎日大泣きする娘に後ろ髪引かれながら保育園に預けていました。

ただ、この状況もそんなに長くは続かず、しばらくすると「泣いても結局保育園に行かないといけない」と理解したのか、また泣かずに登園できるようになりました。

難しい時期だった娘に優しく寄り添ってくれて、「保育園はこんなに楽しいところなんだよ♪」と教えてくれた保育士の先生方には本当に感謝しています!

その後は徐々に最初の頃のように「保育園楽しい!」という気持ちが蘇ってきて、毎日楽しく通えるようになりました。

 

大好きなじぃじの死とおかあさんといっしょの思い出

ご存知の方も多いと思いますが、3歳の誕生日を過ぎるとおかあさんといっしょのスタジオ収録に応募することができるようになります。

私もおかあさんといっしょが大好きな娘のために、3歳の誕生日を過ぎてから毎月応募していました。

結構倍率が高いらしく、周りでも「当たらないよ~」という声をよく聞いていて、わが家もなかなか当選しなくて「やっぱ無理なのかな」と諦めムードが漂っていました。

 

そんな折、1月のある寒い日に私の父が急逝しました。

前日の夜には一緒に暮らす祖母(父の母)と翌朝のご飯のことを話していたのに、朝起きたらすでに冷たくなっていたそうです。

この年は滅多に雪が降らない当地でもうっすら雪が積もるほど寒い冬でした。

いつも月1回ペースで孫の顔を見せに行くようにしていて、1月はお正月に泊まりで遊びに行っていたので次は2月に行く予定でしたが、なぜかこの時だけは亡くなる前の週末にも遊びに行って一緒に食事をしていました。

後になってみると、この時会えていて良かったと思います。

 

私は長女なので、父にとって私の娘は初孫で「目に入れても痛くない」とはこのことか、と思うほど、それはそれは孫を溺愛していました。

娘もそんなじぃじが大好きでした。

大好きなじぃじがいなくなってしまった。

娘は一度も「じぃじどうしたの?」などと聞く事はありませんでした。

亡くなったじぃじを見ていますが、娘なりに何か感じたのか、直感的にこのことに触れてはいけないと思ったのか、告別式が終わるまで全くじぃじのことを話題に出しませんでした。

「じぃじ、死んじゃったんだよ」とは伝えましたが、それ以外の詳しいことは特に教えていません。

少し時間が経ってからは「じぃじ死んじゃったからいないよ」と普通に話しているので、娘は死というものについて娘なりにしっかり理解していたのだと思います。

 

しばらくして、おかあさんといっしょの当選通知が届きました。

みんなが口を揃えて「じぃじが当ててくれたんだね、きっと」と言っています。

空の向こうから、溺愛する孫のために願いを叶えてくれたのかな(*´∀`)

そんなこともあって、今でもおかあさんといっしょを見ると時々ふとじぃじのことを思い出すことがあります。

 

じぃじ、次は次女の番だから宜しくね!www

 

第二子妊娠~卒園まで

二人目の壁

じぃじが亡くなったのが1月、おかあさんといっしょの収録が3月、そして4月になってなんと第二子の妊娠が発覚しました。

私は長女の出産以降、続けて3回の流産を経験しています。

3回目の流産の時に不育症を疑って検査をしましたが、結果は特に問題なしで原因の特定には至りませんでいた。

毎年妊娠~流産を繰り返していて体調が整わない日々が続いていたので、長女には色々と我慢させることもたくさんありました。

体力的にも、生活環境的にもそろそろ限界かなという想いと、どうしてもこの子を産みたい!という想いが交錯して精神的に不安定にもなりました。

何度も悩んだ結果「40歳になる来年まで、もう一回だけ頑張ってみよう!今度ダメだったらその時はキッパリ諦めよう」と5度目の妊娠を決意しました。

そして翌年4月に妊娠がわかった時に、なぜか「今度は大丈夫。じぃじが守ってくれる」と不思議な安心感があったのを覚えています。

その直感どおりこの妊娠は無事に継続し、12月には元気に次女が誕生しましたが、妊娠中はそれまで以上につわりがキツかったりイライラが酷かったりして、長女とうまく接することができずに距離を感じた時期もありました。

今でもこの時期の長女のことを思うと、申し訳なくて泣けてくることがあります。

 この件に関してはまたいつか機会があったら詳しくお話したいと思いますが、本当に長女には色々と辛い思いをさせてしまいました。

その償いという訳ではないですが、次女出産以降はなるべく長女に愛情を注ぎ、「ママはあなたのことが大好きなんだよ」と伝えられるようにしています。

 

妹の入園~長女の卒園まで

長女の時の教訓をもとに、次女の出産では産休&育休を取得して1年後に職場復帰をすることにしました。

今回は休業中も育休手当があったので長女の時と違って生活面では多少余裕がありましたが、初めての二人育児は思っていた以上に大変でした(^_^;)

しかもほぼワンオペだったので毎日バタバタと過ぎていき、産後1年間は本当に光の速さで過ぎて行きましたw

こんなんで仕事に復帰してやっていけるのか?と心配になりましたが、実際には保育園に次女を預けることで日中の育児ストレスから解放されて楽に過ごせる時間が増えました。

その分家にいる時はそれまで以上にバタバタになりましたが…(A;´・ω・)

 

次女の保育園エピソードはまたの機会にするとして、次女入園から約1年間を二人は同じ保育園で過ごしました。

もちろんクラスが違うのでいつも一緒という訳ではありませんが、園庭で遊ぶ姿をお互いの保育室から見つけて喜んだり、全園児が一緒に過ごす季節ごとのイベントを一緒に楽しんだりと、同じ園に姉妹がいる楽しさもいっぱい味わえたと思います。

妹が出来てからすっかりお姉さんらしくなった長女。

自分の好きなものを妹に譲ってあげたり、食べ物でもなんでも「妹ちゃんにあげるの」と半分こしてくれたり、保育園でも小さな子のお世話をすすんでするようになったりと、心の優しい子に育ってくれました。

 

運動が苦手で、負けず嫌いだけど打たれ弱い(笑)長女。

頭の回転が速くて「謎トレ」「潜在能力テスト」が大好きな長女。

将来の夢は「トップアイドル」と発表会で堂々と公言した長女。

甘えんぼでまだ毎日「抱っこ」「おんぶ」と言っている長女。

憎まれ口を覚えてばぁばと口げんかが絶えない長女。

 

良いところも、そうでないところも、全部が長女を作る大事な要素。

そのすべてが愛おしく感じる毎日です。

ママの子に生まれてくれてありがとう!

 

4月からの小学校生活も、キラキラの笑顔で過ごせますように・・・☆